Journey Diving and Nature Tour

バレンシア、ジャパニーズシュラインに思う彼らのためにも一生懸命生きねば

バレンシア、ジャパニーズシュラインに思う彼らのためにも一生懸命生きねば
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ドゥマゲッティーの街から20分ほど山の方に行ったところに
バレンシアという街がある、そこからさらに四駆使用の車でしか行けない
かなり急な山道を登って行き、「こんな山奥に何があるの、もういいよー!」と
思い、声に出そうとした手前ぐらいでやっとその場所に着く。

地元ではジャパニーズシュラインと呼ばれている場所
そこには何故か日本の神社の鳥居があり
その奥に記念塔が立っている。
そうこの一帯も第二次世界大戦の時に戦地になり、日本軍が
この山奥に潜伏し、最後を遂げた場所でもある。

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地元の人に話を聞くと現在ではこの場所は
山の上にあるので涼しく、スペースもあり、景色も良いので
多くのフィリピン人の若者達がここでキャンプを楽しんでいると言う
確かにキャンプに好立地かも知れないが、確かにはるか昔のことなのかもしれないが、
どうにもこうにも非常識だと思う。

僕は戦争がどうのこうのとか言いたいわけではない
ただこの場所で、僕らと同じような年齢でましてやもっと若い人達が
一生懸命生き、そして死んでいったという事実は確実にここに存在していた
彼らは何が良いとか悪いとかは超越して
ただ、ただその時を一生懸命生き、そして生きる生きざるを抜きにして
散っていった。

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生きねば
僕は高校卒業後フィリピンに出て学びながら働き始め、
その後日本で働いたり、海外で働いたりを繰り返していく人生を送ってきたが
生きるという感覚をどうしても東京で働いている時は得られずに
大変悩み、苦しみ、それでも日本で働けない日本人にはなりたくないから
何度も挑戦してまた戻ってきたりしていたが
やはり、どうしても最後まで日本では本当に生きる感覚を僕は実感することができなかった。

日本で働いていても、自分の頭の中はいつしか南国であり、
海であり、自分の理想の楽園を気付くことであった。
それでもぐっと堪えて「これは里の業だと!」と自分に言い聞かせ
頑張ったが、ふとある一定期間が経ち、思った。
「こんなに頑張っているエネルギーをもっと有効な方向に使おう」
「もっと自分がピュアになれ、何の言い訳も文句も出ず、ただがむしゃらに一生懸命頑張れることに自分のエネルギーを注ごう」と
修行は終わった、これからは今まで頑張って来たことを
自分の思う方向に使う段階が来たと。

一生懸命生きること
自分自身でいること、自分のやりたいことを実現すること
自分の使命を成し遂げること
これは残された人達、生かされている人達に託されたこと、
もっと言うと責任のようなもの
志半ばで散っていった方々への手向けではないか。

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僕はまだ長い旅の途上であり
未熟な青二才であるが
一生懸命に生き、自分の思うように生きることは
続けていこうと思う
それが例えどこであろうとも、どんな状況であろうとも
命燃え尽きるまで

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