大自然の中に入って行くとたとえ同じ場所に行っても、その時々により違う顔を見せてくれるので飽きることがない。
偶然に出会える生物達、雨の量により川の水かさが増したり、岩や石に苔が発生し、思いがけない美しい世界に出会えることもある。
今回はドゥマゲッティから30分から40分ほど山を登りたどり着くカサロロの滝へ皆さんをご招待しよう。
滝と言ってもいろいろな種類が存在する
下記の一番下にあるトゥマログの滝のように水拡散型の滝も美しいが
http://journey-dumaguete.com/seatour/whaleshark/
日本人が滝と言ってまず真っ先に思い浮かぶのが滝行をするような一点集中型の滝ではないだろうか。
今回紹介するカサロロの滝は一点集中型の滝、滝行はちょっと水圧が激し過ぎてできないレベルのダイナミックで潔く豪快に一直線に落ちる滝が見どころだ
滝まで行く道中がなかなか大変で、途中下がすべて見えてしまう高所にある恐怖の階段も含めて268段の階段を下り、沢を歩き岩を登り、川を数回横断しさらにどんどん進み、もういいかなーいやまだだーーを数回繰り返しやっとのことまで滝まで到達できる。
途中奇妙な生物や奇妙な植物達に出会い、まさに冒険感満載、どこかの観光地と違い、看板や手すりなどの類はまったく存在しなく「勝手に行って、勝手に帰ってきてねー、私達いっさん知らんぞー」の放置度100パーセントと解放感を味わえる
向き合うのは自然と自分、余計なものなどいらない
やっとのことさ滝まで辿り着くとその喜びはひとしおで、滝の壮大さが心に直接染み入って来る
人は何故こういう時立ち止まり時間の感覚を一瞬忘れてしまうのだろうか
その忘れられた忘却の時間、ほんの一瞬の時間、人は癒され、エネルギーを充電する
マイナスイオンを身体中に浴び、細胞が癒され活性化していくのを感じる
時々こうやって自然に帰り、自然と対話し、エネルギーを充電しないと人は人ではなくなってしまう。
錆びついた身体や心を綺麗に洗い流す
自然という字は自らそのままと書く、つまり自分そのまま、自然の中に入ることにより本来の自分自身、そのままの自分に帰る、戻ることができるとも言える
苦労が大きいほど得るものは大きい
ここカサロロの滝は滝に行くまでもがまた面白みであり、修行である
滝行をするばかりが修行ではない、悟れるわけではない
道中に楽しみをみつけたり、道の途上を深く味わうこともまた人生である
結論ばかりを急いではいけない
滝はすでにそこに存在している
それをどう楽しむか、どう捉えるかは自分自身である
旅もまた然り